「シン・ゴジラ」感想。まさにわたしが求めていたゴジラ映画!

シン・ゴジラ

常々「ゴジラはパニック映画であるべき」と思っていたわたしにとって、「シン・ゴジラ」はまさに見たかったゴジラでした。

ゴジラの脅威にさらされる市民

ゴジラ第二形態(通称・蒲田くん)の異形な姿や、その巨大不明生物が移動するさま、そして逃げまどう市民たち。

そうそうこれこれ。
ゴジラは恐怖の対象でなければ。僕は序盤からゴジラの進撃を食い入るように観ていました。

ニッポン側の描写が丹念で◎

シン・ゴジラのポスターに書かれているように「ニッポンVSゴジラ」のニッポン側の描写が素晴らしい!

日本政府の対応にフォーカスを合わせて日本政府対巨大不明生物、そして自衛隊対巨大不明生物といった側面をこれだけ緻密に丁寧に描いたゴジラ映画は今までありませんでした。

ゴジラに勝てるようになった自衛隊

歴代のゴジラ映画に出てきた自衛隊は、ゴジラに歯が立たない存在でしたね。

平成に入ってからのVSシリーズ(1984年以降)では、スーパーXという飛行物体やレーザー砲が通常的に実戦投入されているなど、ゴジラを脅かす存在にまで達していました。

そして「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」では、自衛隊が極秘制作していたメカゴジラ(正式名称・機龍)がゴジラを凌駕して、日本海の奥底に共に沈んでゆく、というところまで進化してしまいました。

エマ

ゴジラに勝てる自衛隊。
自衛隊に負ける、人類に負けるゴジラ。

「そんなゴジラはゴジラじゃない!」と、わたしは憤りを覚えていました。

「シン・ゴジラ」ではリアルな描写に転換

公開された2016年当時の自衛隊の戦力そのものをゴジラに叩き込む、といったリアル志向の描写になっていました。

ゴジラに歯が立たない自衛隊

そうなると当然自衛隊の攻撃などでは、ゴジラにダメージすら与えられない
畏怖の対象としてのゴジラが、際立って映るという相乗効果がとても魅力的でした。

放射能汚染の描写も

1度海へ避難したゴジラが移動したルートに沿って放射能が検知される、といった放射能汚染の描写もありました。

3・11東日本大震災と、それによって起こってしまった福島第一原子力発電所の爆発事故を嫌でも思い出してしまう、むしろその影響を受けてのストーリー展開。

畏怖の対象としてのゴジラ

そういう意味でも畏怖の対象としてのゴジラが機能していて、思わずにやりとしてしまったことを思い出します。

畏怖の対象としてのゴジラ(第四形態)が、首都を目指して移動してる間、何もできずに逃げまどうしかない市民。

そして全面対決に臨む自衛隊の「ダバ作戦」も、ゴジラには一切通じません。

なぜだ。
それは相手がゴジラだからだ。
わたしはそう確信しました。

アメリカ軍の空爆

ゴジラへの打つ手をなくした日本政府に対してアメリカから空爆を通達され、それを呑むしかない防衛大臣の苦悩。

ゴジラに何もできないのか、と思った矢先、アメリカ軍の空爆がゴジラに直撃。
背中を貫通するミサイル、泣き叫ぶゴジラ。

ゴジラの攻撃で東京が火の海に

「え? シン・ゴジラも人間に勝てないのか?」と不安になった矢先、紫色に発光したゴジラが、受けたダメージを倍返しするかのように火炎放射を始めましす。

それは集束してレーザーと化し、東京の街を、アメリカ空軍の飛行機を、そして避難しようとしていた内閣が搭乗していたヘリコプターを次々と破壊して、都心を文字通り火の海にしていきました。

その様は、まさに破壊神。

人知を超えた存在ゴジラは、東京駅前で活動停止するまで破壊の限りを尽くしていきました。

完璧でした。

完璧なまでに畏怖の対象、そして破壊神としてのゴジラが、そこに存在していました。

わたしは前半部分だけでも充分に堪能しました。

本当に怖いのは人間なんだと、後半に思い知ることになった

活動停止したゴジラを、熱核兵器で消滅させる。
だから首都圏に住む市民たちを疎開させよ。

国連からの通達は、日本に3度目の原子爆弾を投下、爆発させるという提案だったのです。
落とす側は簡単に言いますが、落とされる側にとってはたまったものではありません。

しかし、その提案が賛成多数で可決成立してしまってからは、日本になすすべはなく、首都圏に住む人々の疎開が始まります。

エマ

人類にとっての脅威となる核兵器。
核廃棄物によって誕生したゴジラ。

人間がまいた種とはいえ、皮肉なものだと、思わずにはいられません。

矢口プランはゴジラに通用するのか?

シン・ゴジラ

そんな中、ゴジラに血液凝固剤を与え、凍結させる計画、通称矢口プランがギリギリのタイミングで完成。

東京駅のゴジラに投薬する「ヤシオリ作戦」が開始されます。
このヤシオリ作戦が、かなり荒唐無稽な作戦で、わたしは笑ってしまったのですが。

まずゴジラに無人操作の新幹線を爆弾としてぶつけ、目を覚ましたゴジラに対して無人航空機による爆撃を行います。

もちろん全てゴジラの光線で破壊されるですが、それもヤシオリ作戦のうち。

光線を放ち続けたゴジラはやがてエネルギー切れになり、炎さえ出せない状態になってしまいます。

そこへ、今度は爆薬を詰め込んだ在来線がゴジラに直撃して爆発。
そしてビルを爆破してゴジラを押し倒すことに成功します。

最後にポンプ車によってゴジラの口に血液凝固剤を直接投入する。
これが矢口プラン=ヤシオリ作戦の全貌でした。

「ここまでヤシオリ作戦通りにゴジラが倒されるとは。」と悲しい思いになりましたが、ゴジラが突如再び光線を放ち、ポンプ車を先頭とした第一陣を消滅させてしまいました。

ですが、それもヤシオリ作戦の想定内。

再びビルを倒壊させてゴジラを押し倒し、ポンプ車第二陣がゴジラに血液凝固剤を与え続け、再び立ち上がったゴジラが再度東京を火の海に沈めるのか、と思いきや、ゴジラが完璧に凍結して、活動を停止したのです。

現在のニッポンの技術力・科学力・戦闘能力で、ゴジラが倒されてしまったのです。

でも「ゴジラが神でも何でもない、生物である限り、倒せないことはない。」というシン・ゴジラの解釈は、アリだと思いました。

むしろ、大変なのは映画が終わってから、その後のことです。

エマ

「人類はゴジラと共存しなくてはならなくなった」というセリフ通り、ゴジラは凍っただけで、再び解凍されたらどうなるのか。

その先を示唆する描写がゴジラのしっぽの先に描写されている異形の存在なのですが、映画はそこで終了してしまいます。

まとめ

畏怖の対象としてのゴジラは、得も言われぬ不安とともにあり続ける。
わたしはそこで、シン・ゴジラの存在価値は高いと思いました。

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